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自分にも他人にも誠実でありたい

こんばんは、ゆーひーです。

先日、大学時代の友人が私の地元に遊びに来てくれたので、彼の提案もあり、一緒に母校に立ち寄ってみました。
…が、残念ながら夏休み期間中&お盆ということもあり、人がほぼ見当たりませんでした(笑)
もちろん、学内の建物もしっかり施錠されていました(^_^;)
普段は、あんなに人で溢れ返っているのに…

とは言え、私が卒業してから5年近く経っているので、その間にできた新しい建物なども見物できて、なかなかに楽しかったです♪
近いうちに、お世話になって親しかったゼミの教授にも会いに行きたいな~なんて思ったりしています。

さて、本題ですが、貴方は「誠実」という言葉を聞いて、どのような事を思い浮かべますか?
真面目・信頼できる・いい加減じゃない…等々が挙げられると思います。

ひとまず辞書によれば、

【誠実】

(他人や仕事に対して)まじめで真心がこもっていること。

引用:『広辞苑』(第五版)

だそうです。

先に申し上げておきますと、私は「自分にも他人にも誠実である」ことを、生きる上での基本的な信条の一つにしているのですが、その点に関して思うことを何となく書いてみようと思い、記事としてアップしてみました。

まぁ気軽にお読みください。

自分に対して誠実

「他人」に対して誠実である、というのはよく聞きますし、大変イメージしやすいのですが、「自分」に対して誠実というのはどういうことなのでしょうか?

私は、自分の望み・欲求・思うところに素直であることと考えています。
早い話が、やりたいようにやるということですね(笑)

「そんな事当たり前じゃん!てかみんなそうしてるし」と、思われるかもしれませんが、果たして本当にそうでしょうか?
先程の突っ込みの「みんな」と「そうしてるし」の間に「(できる範囲で)」といったニュアンスの文言が無意識に入ってはいませんか?
そしてその「できる範囲」は、ものすごく狭かったりしませんか??

はい、私のことです!(笑)

以前までの私は、この意味ではかなり残念な感じでした。

たとえば、やりたい事があっても周囲の目や世間体を気にしたり、「どうせ上手くいかないし…」とやる前から諦めたり…
また、他人と接するに際しても、本当は言いたい事があるのに、角が立たないように当たり障りのない事ばかり言って、自分の気持ちを押し殺したり…

特に10代前半の一番多感な頃は、父親からちょっとした事で激しく叱られたり(時には殴られたり)、学校でもクラスメートからいじめ…とはいかないまでも、嫌がらせのような事を度々されていました。

もちろん、私の方に全く原因がなかったわけではありませんが、それらの大半は、こちらにこれといった非がない理不尽なものだったと記憶しています。

そのせいもあって、幼い頃はむしろ活発な方だった私は、10代半ば頃から、周囲や人の目を過剰に気にして、波風が立たない事を最優先の行動原理として過ごすようになりました。

結果、自分の本音を口に出したり、それに従った行動をすることに関して、とてつもなく高いハードルを無意識に自分に課しているような人間になっていたのです。

そんな状態で人と接して、果たして良い人付き合いができるでしょうか?

幸いなことに高校生になってからは、前の記事でも触れたように、今でも付き合いが続くほど親密になった友人はできましたが、それ以前の人付き合いについては、ほぼ全てと言ってもいいくらい、最終的には破綻、つまりは失敗していました。

それもちょっと考えてみれば、当然の結果です。

自分の本音、即ち心からの気持ちや意見等を一切明かさないことは、相手に全く心を開いていないのと同じです。
そしてそれは、相手を全く信頼していないことにも繋がります。

相手が、「この人は自分のことを全く信頼してないな」と感じたら、離れて行くのは必然の流れでしょう。

これらの事にようやく気付いた若き日(?)の私は、少しずつですが、自分が心からやりたいと思った事は、始める前から必要以上に考えずにやってみるようになりました(それでもまだまだ慎重過ぎる方ですが)。

人と接する時も、以前よりはずっと自分の正直な気持ちや考えを口にできるようになりましたし、特に嫌な事は嫌だとはっきりと言えるようになったのは、自分としては大きな進歩だと思っています。

少なくとも、波風を立てない事は(場合によっては必要かもしれませんが)最優先の行動原理ではなくなりました。

したがって、自分に対して誠実であれば、本当にやりたい事をやれないもどかしさも、当たり障りのない事ばかり言っている時に感じる空虚さも、分かっていながらも自分の心を開けていないやるせなさも、次第になくなっていくのではないでしょうか。

ただもちろん、やりたいようにやると言っても、限度はありますよ(笑)

たとえば仕事をしている最中に突然放り出したり、どんな時でも自分のわがままを通そうとしたりなど、明らかに人に多大な迷惑や損害を与えるような事はしてはいけません。

法を犯すような事はもってのほかです。

「自分に正直・誠実である」ことと「自分のことしか考えない」のは、同義ではありませんからね…

ともかくも、自分に対して誠実であることで、あらゆる場合において自分の納得のいく選択・決断ができるようになってきますし、人と表面的ではない付き合いをする糸口もきっと見えてくるので、その点は心に留めておきたいと思う次第です。

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他人に対して誠実

では、「他人」に対して誠実である、というお話に移ります。

こちらは、冒頭でも言ったように、イメージするのは容易かと思います。

しかし実際に、「この人は(他人に)誠実な人だな~」と思われるかどうかは、また別の話です。

私が考える「他人」に対して誠実であるというのは、人に最低限以上の礼節を尽くすということです。
※「以上」と付けたのは、人によって「最低限」の基準が異なるからです。

これは何も難しい話ではありません。

たとえば、気持ち良く挨拶をするとか、メールやSNSにおけるメッセージにはできるだけ早く返信するとか、時間はしっかり守るとか、約束は破らないとか、話を真剣に聴いてあげる等々…

お察しの通り、全くもって当たり前の事ですね(笑)
これをドヤ顔で書き連ねていたら、相当恥ずかしいくらいに当たり前な事です(わ、私は別にドヤ顔しながら書いていませんからね!…本当ですよ!)。

ただ上記の、こうして挙げてみると当たり前の事ができていない人が少なくないかもしれない、というのが問題なんです。

私も、上記は全て守っているつもりですが、客観的に見たらできていない事もきっとあると思うので、あまり偉そうには言えないんですけどね…

と、とにかく、上記に挙げたものは、人に対する最低限の礼節だと個人的には考えています。

しかし、前述のように、これら(の一部)が著しくできていない方がいらっしゃるのは、残念ながら事実です。

私がこれまで出会ってきた人の中にも、挨拶が全然できない人、返事が数日~1週間単位で遅れる(もしくはしない)人、時間に遅れないことの方が珍しい人、約束をすっかり忘れちゃう人、話を聴いてないようにしか見えない人等々…
それぞれに思い当たる人が数人ずつ思い浮かぶ程度には、います(まぁ今は接点がない人がほとんどですが…)。

比較的触れ合った人の数が少ないと思われる私でさえこの有様なので、もっと大勢思い浮かぶ方も少なからずいらっしゃるのではないでしょうか…?

しかし逆に考えれば、これらの(一見簡単な)当たり前の事が当たり前にできれば、それだけでアドバンテージがあると言えます。
上記をしっかり守れている人は、周りからの信頼度も(少なくとも守れていない人よりは)それなりに大きいはずです。

ただ、メッセージへの返信や時間に遅れる事に関しては、どうしてもやむを得ない事情がある時もあります。
ですがそういう時は、前者の場合は、「今は用事で(外に出ていて)手が離せないから、また後で(夜とか翌日とか具体的な目安が分かるならその時間帯に)連絡するね!」などと言っておけば、相手もひとまずは安心するでしょう。
後者の場合も、遅れた理由を正直に話して(事前に遅れることが分かっていて連絡できるならその時に)きちんと謝罪すれば、よっぽど気が短い人でもない限りは、許してくれるでしょう。

上記の例に限った話ではありませんが、どうも周りの人と上手くいかない、と悩んでいる人は自分に原因がある場合が往々にしてあるものです。

性格面やその他外面的要因など事例によって原因は様々でしょうが、上記の最低限の礼節に大きく欠けている、という場合ももちろん考えられます。

周囲の環境を変えるのは非常に困難ですが、そんな時は自分が変わればいいのです。
自分が(良い方向に)変われば、すぐにとはいきませんが、徐々に周りも変化していくはずです。

ただ「自分が変わる」と言っても、「周囲に合わせるために自分を押し殺す」のではありません。
それだとそもそも、先述の「自分に対して誠実である」ということと矛盾しますからね。

別に自分の考え方や信条などを変えるのではなく、少し振る舞いを変えればいいだけの話です。

もちろん、時間を守ったり、約束を破らなかったりすることさえも自分の信条に反する!という思想をお持ちの方に関しては、もう私から言える事は何もありませんが…

そんな極端な考えをお持ちの方以外は、上記のようにちょっとした振る舞いを変えるだけで、思ったよりも大きな変化が表れてくるはずです。
そしてその振る舞いを変えるためには、ほんの少しだけ相手のことを思い遣る、ひいてはほんの少し相手を思い遣ることを意識する
このほんの1プロセスを挟むことで、自然とある程度の礼節を重んじた振る舞いができるようになるのではないでしょうか。

当然ながら、相手の事を過剰に考えすぎてビクビクするようなレベルにまでなる必要はありません。
これもまた先述の「自分に対して(以下略

ともかく、「他人に対して誠実である」ということが、誰もが当たり前にできているわけではないけれども、かと言ってそこまでハードルが高いものでもない、ということはお分かりいただけたと思います。

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浮かび上がってきたのは「信頼」というキーワード

ここまで、「自分」と「他人」それぞれに対する「誠実」について述べてきましたが、この時点で共通項として浮かび上がってきたのは、「信頼」という言葉でした。

「自分に対して」誠実であれば、相手に心を開くことができ、相手を信頼することができる。
「他人に対して」誠実であれば、相手は心を開いてくれ、自分を信頼してくれる。

複雑怪奇な人間関係の全てにおいて、これらが当てはまるほど実情は単純ではありませんが、信頼し合える関係に至る道筋のようなものは、朧げながら見えるような気がしています。

信頼するとかしないとか意識するまでもなく、深い信頼関係を築いている人。
もっと深く信頼し合える関係を結びたいと思っているけど、上手くいかない人。
信頼し合うための知恵やノウハウを駆使して、器用に人付き合いをしている人。
他人を信頼してもろくなことがない等諸々の理由で、人を信頼しないようにしている人。
そもそも人間同士がわかり合うことはできないと、信頼そのものを否定する人。

色々なタイプの方がいらっしゃることでしょう。

私はそのいずれも否定する気はありません。

ただ、「この人だけは信頼できる」という人が一人でもいる方は、そうではない人より少しだけ崖からは離れた所に立っている…そう思います。

それでは、今日はここまで。

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