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多くの情報に晒されると強く負担を感じて疲れてしまう。

情報 イメージ

ごきげんよう、ゆーひーです。

今日は天気が大変激しく崩れていますが、皆さんがお住まいの地域は大丈夫でしょうか?
某ニュースサイトでは「災害級の大雨」などと書かれていて、少なからず危機感を覚えます…
水辺や斜面には決して近付かないようにするなど、お互い十分に警戒しましょう。
避難勧告などが出ている所にいらっしゃる方は、その指示に従い身の安全を確保されてください。

さて、今回は私が少し以前から自覚している状態についてのお話です。

皆さんは、普段ご自分が受け取っている情報量について意識したことはありますでしょうか?
現代はとてつもない量の情報が行き交っていて、誰もが様々な情報に晒されていますよね。

私はどうも、その接する情報の多さに対して多大な負荷を感じていたんじゃないかと思うのです。
今回は、主にそのあたりの個人的な事情について述べています。

接する情報量が多過ぎて疲れてしまう

私も現代人の例に漏れず、明確に意図せずとも日々多くの情報に接しています。

ネットならばパソコンやスマホは毎日当然のように使用していますし、書物を読む時は活字に接して、テレビも観ています(テレビに関しては主に家族が観るので勝手に点いている感じですが…)。
それ以外でも、人と話したりなどあらゆる場面において頭の中で情報の処理が行われているわけです。

私は興味のある事を調べたりするのは好きですし、媒体が何であれ情報に接することは苦ではないと思っていたんですよ。
多くの情報を得ることで自分の知識は増えますし、新たな気づきも得られるので基本的には良い面の方が大きいと考えていました。

ところが、「たくさんの情報に接したな~」という自覚がある日はひどく疲れていることに気づいたんです。
最近になって、特に(むしろ以前まではそんな事を意識すらしなかった)。
これも年を取ってきたから…?

ネットで色んなサイトなどをずっと見ていると(目の疲れとは別に)疲れますし、人と接している時間が長くてもやはり後でどっと疲れてしまいます。
そんな時を振り返って、「あぁ一杯いっぱいだったんだな…」と思うことが増えました(やはり年ry)

これは、自分の中で情報過多を起こしてしまっているからじゃないかと。

私も遣わなくていい神経を遣っちゃう人間なので、やはり色んな情報に振り回されてしまうんですよね…
情報を得る度に受ける刺激に、心身がついて行かないという感じでしょうか。

同時に、受け取った事に対して敏感過ぎる面もあると思います。
何でもなさそうな事をいちいち考え込んだり、場合によっては傷付いてしまったり…

これらによって、自分の中で負荷が生じているのでしょう。
まぁ元々の処理能力が低い説も濃厚ですが、実際に負担や疲れが出ている以上、あまり多くの情報に接するのは今の私だと避けた方が賢明なようです。

…しかし、まだ20代で「情報が多くて疲れる」という自覚を持つようになるなんて、この先が思いやられますね(^_^;)

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統合失調症の人だと過負荷が起きやすい

このような情報の過負荷は、統合失調症の人だと特に起こりやすいようです。

情報を一度にさくさん与えられると、健康な人でもストレスを感じ、交感神経が緊張して瞳孔が開きぎみになる。多くの情報から、必要な情報を見落とすまいと神経を緊張させて、注意を凝らしているのである。瞳孔の開き具合を計測することにより、情報による負荷の程度を調べることができる。この方法を用いて健常者と統合失調症の人で比べてみると、統合失調症の人は、はるかに少ない情報量でも過負荷を生じてしまう。

引用:『統合失調症その新たなる真実』 岡田尊司著(株式会社PHP研究所 2010年10月16日発行)

引用にもあるように、健康な人であっても一度に多くの情報を与えられるとストレスを感じてしまいますよね。
それは、体感的に分かる方も多いと思います。

ところが、統合失調症の人はその負荷がより生じやすいのですね。

私が先述のように感じるようになったのは統合失調症になったからなのか、元々そうだったことにこれまで気付かなかっただけなのか、ちょっと定かではないですけどね(・_・)
ともかく、そういう傾向があることは覚えていて良いでしょう。

そもそも、統合失調症に限らず、ちょっとした事で疲れやすいのはどの精神疾患にも共通しているような気はします。
実際私の知人でうつ病や双極性障害の方が、(大多数の人から見れば)本当にごく些細な事で物凄く疲れているような場面を何度か目にしたことはありますからね。

私もあまり人のことを言えませんが、何の病気かにかかわらず自分がどのあたりのラインでひどく疲れるのかは、把握しておく必要があるでしょう。

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あえて情報をシャットアウトすることも大切

以上の内容を踏まえると、過負荷が生じないようにするためにもあえて情報をシャットアウトすることも大切だと言えます。

特に、何もしていなくても情報が流れてくる現代のような環境はなおさらですね。
何とはなしにテレビを観ていたり、ネット(SNSのタイムラインなど)を眺めていたり…
スマートフォンなどを幅広く活用している場合は、通知も絶えないでしょうし。

情報過多に伴う疲れを感じているなら、そういうものがある程度目に触れないようにすることも必要じゃないかな、と。
大丈夫な方ももちろんいらっしゃるでしょうが、自覚せずに疲れが溜まっている場合もあり得るので、やはり多少の注意は払った方が良いでしょう。

今のような情報社会が形成されてから、現代人が得ている情報の量自体も凄まじいでしょうからね…
にもかかわらず、人間の脳は1万2000年前とそれほど変わっていないとも聞きますから、負荷がないと考える方が不自然です。

そういえば、以前私は「ネット上のやり取りが苦手」という理由で、「SNSからは卒業しまぁぁす!」みたいなことを言い放ってましたね。

「リアル」と「ネット」それぞれにおけるコミュニケーションについて、私自身の性質や最近の自覚などに言及しています。私はどうも、リアル(直接の対面等)よりもネット上でのやり取りの方が苦手なきらいがあるようですので、主にその点を話題にした内容となっています。

これも今思えば、その周辺で入ってくる情報の多さによる負荷に耐え切れなかった故、というのもあるかもしれないですね…

…ていうか、上記の記事の前半で「やり取りにおいて相手から得られる情報が少なすぎるから」という理由でネット上のコミュニケーションが苦手とのたまっていますが、今度は「情報量が多過ぎて疲れる」とか言っちゃってますよw

何という矛盾とわがまま!(てへっ

い、いや「双方向でやり取りする場合」に限った話なら上記の通りなんですが、SNSだと眺めているだけでも(やり取り以外の面で)膨大な情報が入って来るじゃないですか。
そのへんの違いですよ!(という苦し紛れの弁明)

う~ん…そこのバランスもどうにかしないといけませんね(@_@)

というわけで、すごく残念な感じで終わろうとしていますが、情報過多に関するあれこれでした。

それでは、今日はここまで。

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