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誰に許されなくても平気な自分でいられたらいいのに

許し イメージ

ごきげんよう、ゆーひーです。

振り返ってみると私は、何をするにしてもろくに自分で決めることができていなかったように思います。

特に、ある程度以上大きな決断や選択をする時は必ず誰かに伺いを立てていたような…

今回はそのあたりの徒然について、ざっと綴っています。

誰かに許されたかった

思えば子供の頃から、何かにつけて周囲の信頼できる人物または(知識や経験という点で)力のある人物に認容を求めていた気がします。

日常生活における些細な事ならば「確認」の域を出ないでしょうが、重要な場面でも(むしろ重要度が高いほど)そのような、言わば「許し」を得ようとする言動を頻発していました。

たとえば学生時代の例だけを挙げても、高校生の時は割と入試が近付いた頃に志望校を変えた件について担任に伺いを立てたり、大学生の時はゼミでの研究発表のテーマがこれで良いのかと教授にわざわざ尋ねたり…

これだけ見ると、人によっては「別に普通じゃない…?」と思う方もいらっしゃるでしょうね(^_^;)

ですが、前者は自分が心の底から決断をしたのなら、担任に伝えこそすれ承認まで求める必要はないでしょう(当然ですが自分の進路ですからねw)。

にもかかわらず、私は担任にはっきりと認容の意を示す反応をしてもらうまで、志望校を変更することが許されないような気持ちでいました。

また後者のゼミの件については、私の所属していたゼミでは発表するテーマを自分で好きに決めてよく、その前に教授に尋ねる必要なんてそもそもなかったんですよ(現にそんな事をしているゼミ生は他にいませんでした笑)。

散々悩んで吟味して決めたテーマなら自信を持って臨めばいいものを、教授に「それで良いですよ(^^)」などと言ってもらうまでは、「これじゃダメなんじゃないか…?」という重い不安を拭いきれずにいたのです。

…といったような事があまりにも多かった(今も多い)わけですが、僅かでも不安を覚える事に当たる際は、きっと誰かに許してもらいたかったのでしょう。

何とも情けない話ではあるんですけどね(^_^;)

自分がそういう傾向性を持つようになった原因も、おおよそ見当は付きます。

私の元々の性格と成育環境といったところでしょうか。

後者についてですが、まずは父がかなり抑圧的な物言いを常日頃してくる人ですので、それによって幼少期から心が縮こまっていたのは否定できません。

また家庭の外でも、残念ながら言われのない扱い(時には「いじめ」に該当するような事)を受けることは度々あったので、余計に他者の目が怖くなったことも影響しているでしょう。

長い間そのような状態で過ごしていると、何をしていようと「自分はいけないことをしているんじゃないか…?」ひいては「自分が存在していること自体が大きな間違いなんじゃないか…?」という発想に至ることさえあったわけです。

まぁ過去の外的な原因を分析してあげつらっても仕方がないんですけどね…

今とこれからの自分がどうするのかが大切なのは言うまでもありません。

ひとまずは、今回のテーマに基づいた振り返りを少しさせてもらったまでです。

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自分で自分を許せるようになりたい

これが本当に難しいんですよね(@_@)

少なくとも今の私には。

誰かに許してもらうのと等しい力を以って自分で自分のことを納得できたら、なんて素晴らしいのでしょうか。

それができたら、自分の為すことにきっと強い確信と自信を持って臨むことができるでしょうね…

その域に達しているような人ももちろん見てきましたが、彼らは言動の一つひとつが堂々と迷いなく見えましたし、何より人生を楽しんでいるようでした。

もちろん彼らは彼らで折々思い悩むことはあるでしょうが、少なくとも些末な事に過剰にびくびくしたりなどはしていないはずです。

私は、今でこそ自分の気持ちに正直になることを意識してはいますが、依然不安の渦からはなかなか抜け出せずにいます。

いや~長年染み付いたものはそう簡単に取れませんね(^_^;)

こうして自らをちょっと見つめてみると、自分の未熟さに溜め息が止まりません(笑)

…が、こういう事を考えられるのは、少しだけそれを離れて見据えられるようになったとも言えるので、ささやかな成長として前向きに捉えていきたいものです。

そして誰かが「許して」くれたこと…正確な言い方をするなら「認めて」くれたことも、それ自体には感謝しています。

迷いや不安で一杯いっぱいになってしまった時、誰かの何気ない一言で胸が軽くなり、大きな一歩を踏み出せるようになることはあります。

これからもきっとあるに違いないです。

ただそんな場面があった時は、「誰かに認めてもらうまでは許されない」という強迫観念じみた思いを解消するためではなく、思い悩んだ果ての最後の一押しとして、認めてくれた人に純粋に感謝できるようになれたら…と思います。

…(記事に関して)真面目で事務的な内容が続いてからの取りとめのない話でしたが、お付き合いくださってありがとうございます(^o^)

それでは、今日はここまで。

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